形而下の文化史

表象文化史・ジュエリー文化史・装飾文化史

 

トピックス(8)ズールーの概念と貝の文化(17)

     

   家紋〔イシュタアル」の表象(3)

  新たな発見-雨による平衡の女神のポーズから解ること・バルカン半島

 

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(79)女神ポーズの強制;painted on the wall of Magurata cave (NW.Bulugaria)

          THE LANGUAGE OF THE GODDESS;Marija Gimbutas

 

「イシュタルの表象・(♀)」は何処で始まったのか?

メソポタミア文明期にレリーフとして現れたこの表象のことを探し続けていました。「雨による平衡」の表象は「Cheveron・ V,X](参照)などに「雨・〇、……、・・・,///」などを組み合わせて作ります。代表的な表象は、「ズールーの概念の表象」や「島津家の家紋」である「〇の中に+」ですが、「イシュタルの表象・(♀)」は、地中海沿岸に初期の「雨による平衡」の表象として現れていません。(私の知る限り)ではどこから始まったのか?

その手掛かりを見つけました。それがこの衝撃的なブルガリアの洞窟壁画です。長い話になりますがお付き合いください。

 

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イシュタルの表象(♀)

 

上部(後期)マグダレニアン(Supe'rieur Magdale'nienne)期(13,500BP~12,000BP・参照)にスペインや南仏で生まれた「雲」、「雨」、「平衡」の表象は「陸路」で北欧、そしてドイツに伝播していきます。その過程で「Cheveron・ V,X] に「雨」の表象を組み合わせた「雨による平衡の女神」を表す「人形」に変容します。(参照) そして大きな表象の流れがドナウ川を下ります。

ドナウ川(Danube)の流れはセルビア(Srbija)にいたります。そこから支流のテイサ川(Tisza)を北上しハンガリー(Hungary)に入るとテイサ川の支流となるケロス川(Koros)が東から流れ込みます。ケロス川はルーマニア(Romania)のApuseni mountainsに水源があり、ルーマニアでの名前はクリス川(cris)になります。この流域に起こったのが写真(80) の「Koros-cris culture」になります。さらにドナウ川はバルカン半島を横断してブルガリア(Bulgaria)で、当時淡水の黒海に注ぎます。写真(81)はブルガリアの「Karanobo culture」のものです。

写真(80、81)の「お釈迦様ポーズ」あるいは「自由の女神ポーズ」(もちろん両者のルーツは写真(80、81)になります。)はこれらの地で初めて現れています。「Cheveron・ V」と「雨、雲」の表象が生まれた出来事、「空の火」と「大地の雨(水)」(参照)をより明確に表したポーズです。隕石の衝突から五千年以上たった当時でも、この出来事は人々の記憶に残されていた事が解ります。

 

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(80) ko"ro"s culture,Hungary;BC5,500~BC5,400?

     The Language of GODDESS

 

特に写真(81)「Karanovo culture」の表象は、「顔の二本線(平衡)」、「三本(水)」、「v(平衡)」、「櫛形(雲・雨)」と全て「上部マグダレニアン」期に生まれたままの表象からなりたっていて、南仏の人々がそのままの表象をこの地に持ってきたと考えられます。もちろん土器に現れた表象ですから、西アジアからの土器の伝播(BC6,000年頃)以後に作られています。考古学的な遺跡・遺物などから、ドナウ川を「上部マグダレニアン」期の文化を持つ部族が下り、バルカン半島にやつてきたのはBC7,000年頃だと考えられます。両文化共に土器の伝播による概念・表象の変化は起こらなかったようです。

 

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(81)Karanovo culture,Bulgaria;c5,800BC

     The Language of GODDESS

 

「上部マグダレニアン」期にスペイン、南仏、イタリアの地中海沿岸で海洋民となった部族は「雲」、「雨」、「平衡」の表象を持つ「二枚貝」を「雨による平衡の女神」の顕現みなすようになります。そして「二枚貝」の「耳」の形「▽」は女神の表象となりました。さらに「▽+▽」から人形の女神表象が生まれます。この表象はイタリア半島やバルカン半島西部の沿岸地域、そして近海の島々を中心に発達したようで、少し後のクレタ島・ミノア文明にも見られます。そして、地中海海洋民の表象と「土器」との出会いは、「雨による平衡の女神」の顕現である「二枚貝」を原体とした「貝殻文」、「貝の押圧文」を特徴とする「Cardium pottery culture]を生み出します。この文化は人類の歴史にとって非常に重要だと思います。さらなる研究と考古学的な発掘・発見が待たれます。現在までに見つかっている「Cardium pottery 」は、地中海世界とヨーロッパへの土器の伝播を考えるヒントを与えてくれます。6,400~6,200BC頃の「Cardium pottery 」が、ギリシャ北西部のイオニア海沿岸地域(Epirus,Corfu)で見つかっています。そして数百年のうちに地中海西部のポルトガル、モロッコからレバント地方のシリア、レバノン、エジプトに至る地中海世界に伝播しています。

もちろん「土器」そのものは西アジアでは BC7,000年頃から作られ始めBC6,000年代には広く普及します。ですから「Cardium pottery 」とは、地中海全域を行動範囲にしていた海洋民が、西アジアの「土器」作りの技術を、「二枚貝」の表象を強く持つバルカン半島西部の沿岸地域(Epirus,Corfu)に伝えたことにより生まれたと考えられます。バルカン半島に伝わった土器作りの技術は北上し、「Karanobo culture」や「Koros-cris culture」に伝播して、「上部マグダレニアン文化」内陸路の表象と出会います。こうしてバルカン半島には同じ「上部マグダレニアン文化」から発した陸路と海路の違った表象が土器に現れました。当時「ボスボラス海峡」はまだ陸続きで、地中海の海洋民はドナウ川に到達していません。この技術の伝播は、以前からこの地にいた初期農耕民ではないかと考えています。少し後にまた違った土器文化を持った「Sesklo culture」(この文化の土器片・文様は西アジアからの影響が認められます。)ついでながら「Sesklo culture」の初期農耕民とは北アフリカからの部族ではないでしょうか。初期農業スタイル(小麦、大麦)、犬などの家畜なども共通の特徴ですが、なによりも神像に大きな違いが現れます。

地中海北岸、ヨーロッパの神像は「上部マグダレニアン」期に生まれた表象の人形が特徴です。プロト・インドヨーロッパの民族もこの伝播を「北の陸路」を通じて受け取っています。独特な神像ですが、やはり「上部マグダレニアン」期の表象表現を持っています。コーカサス地方の神は「鳥」であり、「上部マグダレニアン」期の表象表現と「鳥」の融合が特徴です。アナトリアの神像は、早い時期にアフリカを出た新人が持っていた「ヴィーナス像」に「大地母神」な神格を合わせもっています。ただこの地域は地中海北岸、ヨーロッパそしてアフリカ、コーカサス・西アジアの影響を受け、時期により色々な要素が現れます。

一方、土器の技術が伝わってすぐに、「Sesklo culture」の人々は全く違った神像を作ります。

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Sesklo culture,BC6,000年頃;古ヨーロッパの女神

他の地域にない、表象表現の見られない、人間の姿です。

北アフリカから新人は,ジブラルタル海峡を渡ってヨーロツパ大陸に進出しました。スペイン、南仏で生まれた「雨による平衡」の概念と表象は、このルートを逆に北アフリカにわたります。北アフリカの人々は、この概念を哲学的な世界観に発展させます。「ズールーの概念」と神話が生まれました。例えば、「雨・〇」と「平衡・+」は「f:id:blogwakujewelry:20180925083259p:plain・家、大地、宇宙を構成する四分割された領域」などです。そしてその神話の中で、世界には神と祖先と生きている人間がそれぞれの領域にいて、みんな同じ姿をしています。(ちなみにf:id:blogwakujewelry:20180925083259p:plainの領域で言えば、右上が神、左上が祖先、右下が女、左下が男の領域になります。縄文時代の土玉や香炉土偶などは、入り口の右上におかれていたはずです。)神と祖先は、生命の発展を行う事の出来る人間を、見守り、助けます。神も人間のように振る舞い、怒り、喜びます。私たちはそのイメージを「ギリシャ神話」に見ることが出来ます。「ギリシャ神話」や「ギリシャの直接民主主義」は「ズールーの概念」の延長線上にあります。当然その神像は、ギリシャ時代の神々のように人の姿をしています。そして「雨による平衡の女神」が広がる地中海世界にあって、主神が男神なのも大きな特徴です。

 

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(34)Hungary(ハンガリー)土器文様;BC5,000年頃

  THE LANGUAGE OF THE GODDESS;Marija Gimbutas

 

BC5,600年頃に「黒海大洪水」が起こります。淡水だった黒海は海水となり、「ボスボラス海峡」ができました。海水で繋がった「海の道」から、地中海・海洋民は黒海そしてドナウ川(Danube river)へ船を乗り入れます。そしてそれは、「DunantulVonaldisKeramia(Transdanubian Liner Pottery)」の初期の土器がハンガリー西部に現れた時期に重なります。(この土器の伝播はBC5,200年頃、オランダにまで至っています。)写真(34)の「平衡の女神」はこの出来事を物語っています。

 「上部マグダレニアン文化」内陸路の「雨」、「平衡」の表象と、地中海・海洋民の女神表象「▽+▽」が組み合わされています。南仏を出た二つの伝播経路の表象は、それぞれに独自の展開をして、再びハンガリー西部で出会っているのです。この初期の時期には「両腕」が「V」になっていて、写真(82)の地中海(イタリア)に残っていた表象とまだ変わっていないことに留意してください。

この出会いがきっかけとなって、ドナウ川を遡りオーストリアやドイツ南部に「Transdanubian Liner Pottery Culture」は広がっていきます。周辺地域には「ソリュート・マグダレニアン文化期以前にアフリカを出た新人が住む地域が、まだら模様の様にあり、それぞれの土器文化を発達させていきます。この意味で「Liner Pottery Culture」とひとくくりにすることは、危険な表現だと思っています。

「ソリュート・マグダレニアン文化期」に北アフリカをジブラルタル海峡からヨーロッパに渡った新人は遺伝子「Y・haplogroup H2]を持っていましたから、現在でも「Y・haplogroup H2]はイベリア半島とハンガリー、セルビア、ブルガリアに強く現れています。もちろん北アフリカからレバント地方を通ってインド、南アジアも大きな新人の道ですから、インド、南アジアにも「Y・haplogroup H2]は強く現れます。日本でも関東から北海道の太平洋沿岸には現れるのではないでしょうか。

こう考えると地中海海洋民の表象「▽+▽」はハンガリー、セルビア、ブルガリアのドナウ川流域とルーマニア、ウクライナなどの黒海沿岸にこの時期(BC5,600年頃)に広く伝播したものと考えられます。

 

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(82)Daunian culture,se Italy;6th~5th cents BC

      The Language of GODDESS

 

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(83)Late Cucuteni culture,w Ukraina ;c 3,800~3,600BC

        The Language of GODDESS

 

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(79)Vinca culture,nw Bulgaria,painted on the wall of Magurata cave (NW.Bulugaria)

           chronology unknown

          THE LANGUAGE OF THE GODDESS;Marija Gimbutas

          (女神ポーズの強制)

 

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