読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

形而下の文化史

表象文化史・ジュエリー文化史・装飾文化史

 

装飾デザイナーを志す若者へ 文化服装学院ファッション工芸科のみなさんへ

(仕事の現場から)
ルビー・サファイア・パパラチャー、美しいコランダム(注1)は宝石となり、魅力のないコランダムは鉱物となります。同じように、装飾品(特に私が仕事としているジュエリー・アクセサリー)はお客様の大半をしめる女性の一言が全てです。「欲しい」か「欲しくない」、この一言でジュエリーという宝物か、単なる金属と鉱物の塊か、運命が決ります。逆に考えれば、金属と鉱物をジュエリーという付加価値を持つ宝物に企画・製作することが、ジュエリーのデザインという仕事なのです。命をすり減らして完成させたジュエリーも、この一見理不尽に思える一言が全てなのです。古代に於いては「神」や「王権」が表象(注2);装飾されましたが、現代の装飾は[美」を表象;デザインすることが中心になりました。
(注1) 酸化アルミニウム・三方晶系の鉱物。商品名;赤色はルビー、青色はサファイア、オレンジピンクはパパラッチャ。      
(注2) 再現された対象の心像・象徴

(理不尽な言葉)
この「欲しい」にはいろいろな意味が含まれています。「美しいから身に着けたい」、「奇麗だから自分のものにしたい」、「差別化を計りたい」、「財産だ」、などなど。国、地域、年齢、教養などの文化的差異に由って判断は大きく異なります。マーケティングに文化的差異が重要な所以です。

私の知る限り、購買力があり、本当にジュエリー好きな女性がジュエリーを見るとき、宝石の価値は?デザインは?加工技術は?プライスは?などと理性的に判断していることは稀です。文化総体としての「感性」に由って「欲しい」「欲しくない」は一瞬のうちに決定します。そして、この「文化的総体」こそが、理不尽な判断ではなく、「装飾文化」の根幹をなしています。女性的判断の一見理不尽な見方は、文化総体とも言うべき装飾の本質を捉えているようです。理性的な判断は文化総体を細切れに分断し、かえって見えなくしてしまいます。古代世界より変容を繰り返しながら受け継がれた、総体としての文化――装飾文化史とはこの変容の歴史です。人類文化を表象という切り口で、あらゆる歴史上の出来事を起因とする表象の変容を連続性において学ぶこと、そして表象とその時代の装飾様式の関係を比較検討すること、それが私の考える装飾文化史です。インターネットの発達は、あらゆる情報を神経細胞ニューロンのようにリンクし、総合的なアプローチを可能にしました。文化服装学院ファッション工芸科ジュエリー文化史で行っている、インターネットから得られる情報を基にした企画、デザインの実習は、この総合的アプローチの実践です。

(文化というもの)
とはいえ、装飾品の企画・デザインを仕事とする者は、総合的な感性に頼ることは出来ません。一発屋のアーティストでは長続きしないでしょう。文化の本質、特に表象と色彩の文化について学ぶべきです。

話は変わりますが、先日、インカ・マヤ・アステカ展に行きました。篠田謙一氏(注3)の人類DNAについてのレポートは装飾文化史のうえでも大変参考になりました。アフリカで生まれた人類がどの様に世界へ拡散したかを、DNAは連続性を持った流れとして見せてくれました。私が近年考えてきた人類共通;古代世界の表象はタイムラグ(注4)を伴いながらDNAの連続性をなぞるように、世界に拡がっているのです。ただ表象の見地からすると、図録の中で何人かの先生方が「隔離された文化の実験地」とアメリカ大陸について書かれているのが気になります。南メソポミア、殷、ヒッタイト、アカイメノス朝ペルシャ、そして初期キリスト教の表象まで、今回の展示品から見出すことが出来ます。限られた文化、人数の流入でしょうが、アメリカ文化は人類文化の中心地;西アジアと、少なくとも上記の間、連続性を保っています。
(注3) 国立科学博物館人類学研究部人類史研究グループ研究主幹
(注4) 互いに関連する事柄に起こる時間のずれ。

(人類文化表象の連続性)
DNAの様に人類文化も連続性のうえにあり、個別に存在するものではないのです。人類文化の差異は地域的な変容でしかありません。一つの表象は気候風土、王権、神学、宗教、国家体制により変容してゆきます。古代世界において表象は絵文字やシンボルだけでなく、それらの総合的なものとして建造物によく現れています。神殿は何故四角なのか?アーチの意味は?これらは、DNAのように変容を繰り返しつつ、現在も同じ意味を持っています。装飾文化史では、丸、三角、四角、菱形はグラフィックな形ではなく、古代世界から連続する文化と意味を、程度の差こそあれ持ち続けています。

日本で見られる、きものの文様もその大半は西アジアからの連続性のうえにあり。ケルト、インカ、ヨーロッパの王朝文化、そしてあらゆる宗教も総てその連続性を変容した表象として持ち続けています。

(バウハウスと近代建築)
アールデコの運動も装飾文化に立脚したものでした。古代世界の表象で成り立っているアールデコは、装飾文化の連続性で説明出来ます。しかし装飾文化の連続性で説明出来ない20世紀の文化があります。「合理性や機能」をキーワードとして生まれた新しい建築文化です。そしてこの延長線上にグラフィックやアート(純粋造形)もあります。古代世界の装飾文化は「神」や「王権」の表象ですから「合理性や機能」は相容れません。古代世界の表象――彫刻、建築を、私達が現在持っている芸術やデザインと言った観念で見るのは誤りではないでしょうか。私達は「純粋造形」を知っている時代にいます。しかしまた、建築の文化は1980Sを境にして変化しています。20世紀の新しい文化「純粋造形」も人類古代からの文化と融合し始めた結果だと思います。純粋造形もまた数多くの人々の文化総体に組み入れられ、無意識の文化となりました。

(デザイナーとして学ぶこと)
文化総体としての感性と、理性的な個別分析と学習の間をピンポン玉のように行き来してください。そのどちらかの側に居続けることは、お客様かアーティスト又は評論家か学者になってしまいます。古代からの文化、特に表象の連続性を学んで下さい。人々が無意識に感じる表象への心理は深い文化に根ざしています。理解し、デザインに生かして下さい。線、形、色の純粋造形に美しさを見つけて下さい。合理性や機能の延長線上にあり、合理性や機能まで失い、純化した純粋造形は多くのひとの文化になりました。そして、純粋造形と人類文化の表象を自由にデザイン出来る様、豊富な知識と自由な精神と思考力を持って下さい。感性とは今という時空と人間個体に変容した人類文化の総体に他なりません。文化服装学院ファッション工芸科3年で行った《デザイン演習;文様と造形」は文様や装飾デザインの純粋造形化、そして再度、具象デザインとの融合といった手法で、文化総体としての感性と理性的なデザインの関係を体験;学習する為の演習です。

© 2015 WAKU Jewelry Making Co., LTD. All rights reserved.