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形而下の文化史

表象文化史・ジュエリー文化史・装飾文化史

 

「羽子板、扇」が導いたこと(9)酉の市 ;氷川神社

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天寿国繍帳残欠:中宮寺蔵

正倉院裂と飛鳥天平の染織;松本包夫著(紫紅社□じゅらく)

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C(中段左)

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獅噛連珠円文刺繍

正倉院裂と飛鳥天平の染織;松本包夫著(紫紅社□じゅらく)

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ミミズク土偶;埼玉県鴻巣市;滝馬室遺跡

東京国立博物館所蔵

 

氷川神社の境内に祭られている神や池の名称が、中宮寺蔵の「天寿国繍帳残欠」の意匠と共通項が多いことをこれまで述べてきました。「天寿国繍帳残欠」の中で、場を仕切り、自由に闊歩している「バラモン僧」は、二柱の神を召喚していました。召喚された女神は「アナヒーター」であり、バラモン教では「生殖と豊饒の女神;サラスヴァティー」でした。仏教では「弁才天」になり、宗像三姉妹の長 女;弁財天です。そしてもう一柱は「バラモン教」で「始源神」、「天空神」、「司法神」、「水神」の「ヴァルナ」です。これらの二柱の神に氷川神社と一体であった「中山神社」に祭られる「火の神・アグニ神」を加えると、初期バラモン教の三大神になります。BC12世紀の「ヴェーダ」では「インドラ」が中心となり、「インドラ」、「アグニ」、「ヴァルナ」が三大神です。よって、氷川神社の境内に現れる「バラモン教」の影響はBC12世紀以前であり、アーリア人がインド北西に定住したBC15世以後であることが解ります。そしてその時期は東京国立博物館所蔵の埼玉県鴻巣市;滝馬室遺跡で見つかった「ミミズク土偶」の推定編年と符合します。

さて「天寿国繍帳残欠」の(中段左)で寛いでいる「鬼」と「ミミズク土偶」はどのような関係にあるのでしょうか?「中山神社」と一緒に氷川神社と一体であった「氷川女体神社」と氷川神社境内に祭られている「門客人神社」との関係は?そして「鬼」とは?謎解きに入りましょう。

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[天寿国繍帳残欠]の「鬼」はやたらと寛いでいます。この「鬼」は「バラモン僧」に召喚されたのではなく、そこにいます。つまり、この祭事の構成員なのです。これを、もっと明確に示す「形而下の石」は7世紀、おそらく[天寿国繍帳残欠]と同時期、「大化の改新」以前に織られた「獅噛連珠円文刺繍」になります。二本の角を持つ「鬼」に似た「神」です。「獅」=「鬼」=「神」の関係もここには現れています。

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この「獅」=「鬼」に似た造形物を「神」と決定する根拠は「連珠文」の中に存在するからです。「連珠文」は大地を守る「蛇」であり、中にいるのは「大地の神」です。後世、「大地の神」とイメージを重ねる「王」や「預言者」は「連珠文」の中に入ります。

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地中海学会月報 350 表紙

4世紀、イギリス邸宅モザイク;大英博物館蔵

このことからの推測ですが、「大化の改新」以前に「鬼」という言葉や観念は存在していなかったのではないでしょうか。「獅噛連珠円文刺繍」の「鬼に似た」存在は「大地の神」です。それでは、[天寿国繍帳残欠]に描かれた「鬼に似た」存在はだれなのでしょうか?「獅噛連珠円文刺繍」の「大地の神」と重なるイメージとして描かれるのは、同じ「文化圏」からの「同じ神を祀る客人」ではないでしょうか。氷川神社摂社「門客人社」の「客人」に繋がる気がします。

目鼻、乳房がつけば「豊饒の女神」を表象し、後世「鬼」と結びつく土偶は「分銅型土偶」です。この「分銅型土偶」は多くの情報をとどめる「形而下の石」なのです。氷川神社と「酉の市」、「徳川家康」との繋がりも少し見えてきました。

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縄文土偶ガイドブック;新泉社:分銅形土偶

八王子貝塚 愛知県西尾市(縄文後期)

西尾市教育委員会所蔵

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 精華堂あられ総本舗;黄金餅セット

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縄文土偶ガイドブック;新泉社:分銅形土偶

賀茂政所遺跡・岡山市、足守川矢部南向遺跡・岡山市(弥生中期)

岡山県教育委員会所蔵

 

またまた本題の「鬼」や「酉の市」から表面的に離れますが、「鬼」や「酉の市」の解釈にも大切なことなので、ここで「分銅形土偶」についてよく考えてみましょう。実は、八王子貝塚 愛知県西尾市で発掘された「分銅形土偶」と「ミミズク土偶」(埼玉県鴻巣市;滝馬室遺跡)は同じ時期に日本に現れています。(バラモン教の内容を含め、BC12世紀~15世紀)これらには共通項があるはずです。「分銅形土偶」に関しては、そもそもこのネーミングが間違った解釈の原因ではないでしょうか。私も「形而下の石」としてではなく、すこし「分銅」を先入観念として持ってしまっていたようです。「分銅形土偶」の「分銅」イメージを捨てて、むしろ、「酉の市」の縁起物「黄金餅」に考えの主軸をおけば、おのずと違った解釈を「形而下の石」は見せてくれます。徳川家康もこのことは当然知っていたことでしょう。家康の生まれ故郷で「鬼」は「大餅」を小脇に抱えています。

ある推論が浮かんだので、もしや!と思い、本を開いてみました。やっぱりありました。それも確実な「表象付きの形而下の石」です。大発見!!すぐに画像を上げようとしましたが、残念、電池切れです。

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大英博物館蔵

 

 

 

 

 

 

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