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形而下の文化史

表象文化史・ジュエリー文化史・装飾文化史

 

黄金伝説展 古代地中海世界の秘宝(6)       国立西洋美術館

ジュエリー文化史 表象文化史 装飾文化史

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(12)金製イヤリング;エレトリア、エヴィア島、ギリシャ(BC475年~BC450年)

 

 この作品が作られた歴史的な意味に近づくには、征服側の神話に頼ることは出来ません。BC475年~BC450年前後におけるエレトリアの時代背景を調べ、作品の「表象」を調べ、同時代の他作品をみることが必要だと思います。少々長くなりそうですが、それだけの時間をかける価値のある作品だと思います。先ずは、(13)金製指輪を見て下さい。「扇と羽子板が導いたこと(12)」の写真(12)とそれの変容形としての写真(2)~(5)、(13)、(14)に見える「豊饒の女神型ナイフ土偶」と同じ意匠で作られた指輪です。二つの「Chevron(Cheveron仏古語)」と「Me'andre(Meander(英)」を伴う「石刃」の真中にいるのは、間違いなく「ゴルゴン」です。(12)金製イヤリングが作られた同時代(BC475年~BC450年)に「ゴルゴン」の指輪が作られた意味は重要です。エレトリアの民族はかってイタリア半島とおなじ古代地中海文化圏にいた民族であり、インド―ヨーロッパ語族であるとすると、BC2,000年頃に北からペロボネソス半島に南下し、「ミケーネ文明」を築いた「アカイア人」であるはずです。彼らは数百年をかけて、先住の古代地中海文化を吸収して成長し、ついには「ミノア文明」を滅ぼし、「ミケーネ文明」を築き、南イタリア半島一帯に植民都市を築いたのですから、先住の古代地中海文化圏の神「ゴルゴン」を崇め続けていても当然だと思います。また上部の花は「柘榴」の表象ですから、地中海交易により、ミケーネにもたらされた「柘榴・生命の樹」だと思います。

しかし BC1,100年頃、インド―ヨーロッパ語族のドーリア人が同じようにペロボネソス半島に。南下して、彼らを駆逐します。奴隷になるか、逃げるか。、エヴィア島に逃げたアカイア人が築いたのが、エヴィア島のハルキスとエレトリアであり、アッティカ半島に踏みとどまったのがアテネです。ここから写真(14)のように、海を隔てただけのアテネとエレトリアは別々の歴史を歩みます。

 

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(13)金製指輪;エレトリア、エヴィア島、ギリシャ(BC475年~BC450年)

 

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(14)エヴィア島;WIKIPEDIA

 

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(15)チムー王国・儀式用ナイフ(8世紀)Lima Gold Museum蔵(展示品ではありません。)

The World's Greatest Treasures・Thames & Hudson

 

 

 

 

 

 

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