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形而下の文化史

表象文化史・ジュエリー文化史・装飾文化史

 

トピックス(8)Gleichenia japonica(ウラジロ)とズールーの概念(2)

 

編み籠とズールーの概念 

 

「ウラジロ」の分布は関東地方以西から琉球列島、インドネシアなど東南アジア、ニューギニア、そしてインドに繋がります。ウラジロ科「コシダ」(Dicranopteris linearis)も同じような場所に生えていますが、こちらも入れると分布はアフリカに及びます。「ウラジロ」・「コシダ」の道が見えてきました。ウラジロ科「コシダ」で編まれた籠は、沖縄では「わらび細工」、琉球列島では「ピデ籠」、インドネシアでは「アタ籠」と呼ばれています。西表島の「ピデ籠」については、ブログ「ピデ籠作りの謎・横塚眞己人」に詳しく書かれています。その中で「ピデ籠は豊年祭や節祭(しち)で神に五穀を奉納する時に使われた。」とあります。ニュージーランドのシダ表象や鏡餅の「ウラジロ」の様に「シダ植物」には神聖な概念が付随しています。そういえば昔、「わらび細工」か「ピデ籠」を冠婚葬祭で使っていたのを思い出しました。

 

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(5)わらび細工・ワラビ蓋付きカゴ;みんげいおくむら

 

「ウラジロ」・「コシダ」は神聖な籠編みにつながっています。それならば「籠編み」そのものに宿る概念はないのか、考えてみる必要があります。

 「籠編み」の技術と文様の分布は、さらに「ウラジロ・コシダの道」に重なり、明確な道を浮き上がらせます。

 

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(7)ズールーバスケット;(有)アフリカン スクエアー

 

 特に、ズールーの概念を表象する「円錐形」の編み籠で「巻き編み(コイリング)技法」・「輪積み技法」で編まれたものは、同じような文様を示しながら、西アフリカ「Burkina Faso(ブルキナファソ)」などから、エジプト、インド、インドネシ)、タイ、そして北海道のアイヌまで繋がっています。「別冊太陽・先住民アイヌ民族」によれば、さらに千島列島からアリューシャン列島を通り、アラスカ、カナダ、アメリカ北西海岸まで「巻き編み(コイリング)技法」・「輪積み技法」は伝播していたようです。

 

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(7)アフリカ(ジンバブエ)・サイザル麻バスケット;梅田洋品店

 

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(7)巻き編み籐籠 タイ;かご編みの技術大全

 

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(8)テンキ;「別冊太陽・先住民アイヌ民族」

 

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(9)Pomo Basket bowl(California・カリフォルニア);Wikipedia

 

 「巻き編み(コイリング)技法」・「輪積み技法」といえば、「轆轤(ろくろ」が使われる以前の「土器」の製法と発想が同じです。かなり古い年代を考えなければならないようです。「籠編み」と「土器」そして「編物」、「文様」は同時に考えなければ、相互関係や年代を知ることは出来ないようです。佐賀市の東名遺跡からは約8,000年前の編み籠などが740点も見つかっています。「巻き編み(コイリング)技法」・「輪積み技法」の伝播は「編物」の歴史から考えてももっと古い時代を示しています。

 

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(10)Burkina Faso(ブルキナファソ)・円錐形の住居:vivelaventure.fr

 

Burkina Faso(ブルキナファソ)にはズールーの概念を表象する造形物が多く見られます。北日本の縄文遺跡との共通点も、これから示していきたいと思っています。「織物」、「土器」、「文様」の関係を調べると、「コーカサス(Caucasasu)とミノア文明(Minoan Civilization)を繋ぐもの」で次に書きたい「ククテニ文化」と北日本の縄文遺跡の類似点がはっきりと見られ、これを見過してはいけないと思います。

 

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 (11)イオマンテの祭壇:「別冊太陽・先住民アイヌ民族」

 

この「花ゴザ」は写真(8)テンキと同じ素材で作られ、この「文様」を編み込むことによって祭壇に飾られる。「文様」の大切さを知ることが出来ます。思い出して下さい、「七宝つなぎ」の文様から、文化服装学院・工芸科の生徒達が引き出した多くの表象は、「アイヌ」の文様(参照)でした。「七宝つなぎ」も西アジアからインドを通り、日本に伝播しています。アイヌ民族の祖先は縄文時代何処に居たのでしょうか?それにしても、アイヌのカムイも黒い顔をしているのですね。子供の頃。徳島では正月に「三番叟」を舞う人形浄瑠璃が家々にやってきていました。神の降臨とともに、黒い顔になる人形が怖くて頭に焼き付いています。「黒い顔の神」も縄文時代を示すものではないでしょうか。

 

 

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(12)Basket houses Nigeria(ニカラグア);Picture4u>net

 

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(13)Zulu baskets;GALLERY UPSTAIRS

 

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(14)Zulu house;Elephantcoast guesthouse.com

 

Wikipediaの「Basket making」によれば、その歴史は12,000年から10,000年遡るのではないかと書かれています。あくまで私の仮説ですが、その年代はちょうど北アフリカにズールーの共同体がうまれ、ズールーの概念が生まれた頃にあたるのではないでしょうか。暮らしの優先順位として、アフリカ各地にある「Basket house・籠のような住居」が先に作られ、そこから「Basket making」・「Basket weaving]・「Basketry](籠編み)が始まったと考えます。「織物」の技術は、北アフリカの部族がバルカン半島を北上した時(BC7,000頃)から始まっていますから(PREHISTTORIC TEXTILES BY E.J.W.BARBER;PRINCETON UNIVERSITY PRESSによる)「植物素材を編む」技術が先行したことになります。北アフリカの初期の住居は、植物素材を編んだもののようです。

 

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