形而下の文化史

表象文化史・ジュエリー文化史・装飾文化史

 

トピックス(8)ズールーの概念と貝の文化(23)

 

「イシュタアル」の表象(3)

新たな発見-雨による平衡の女神のポーズから解ること・バルカン半島(7)

鳥女神の出現 BC5,000年頃 Butmir culture(2)

 

 

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(97)ハマンジャの神々(ズールー神話の神々);Hamangia culture(BC5,250~4,550)

  

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(94)「Butmir culture Ⅱ」BC4,850~4,750年頃

  古ヨーロッパの女神

 

この神像の「仮面」と呼ばれている顔は、「タルタリア」の折られた首の顔や、「Koros-cris culture」の石製、テラコッタ製の神像の顔(参照)とよく似ています。そこで思い出したことがあります。

「Butmir」の住居跡を見ると18件の丸い家が、中央広場を囲むように円形に並んでいます。そしてそのようなサークルが全部で5ヵ所あります。典型的なアフリカ部族の共同体です。ところが、同じ「Butmir culture」の文化圏である、ボスニアの「Okoliste」の住居跡は二列に並んでいるのです。二列(Ⅱ)とは「平衡」の表象です。(参照)

そしてこの時期( BC4,850~4,750),「Butmir culture」の土器は大きく変化しています。「Koros-Cris culture」で特徴的な「脚付土器」(参照) も現れています。

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(97)「Butmir culture」の「脚付土器」

  Bosnia and Herzegovina Commission to Preserve National Monuments

 

これらから「Butmir culture」文化圏に「Koros-Cris culture」部族の存在が考えられます。「Koros-Cris culture」のこの頃の神像(写真98)を調べると、顔は石製神像以来の「Koros-Cris culture」のものです、そして体は「オーリニャック文化」期の新人(ホモサピエンス・サピエンス)(参照 の「ヴィーナス」です。しかし、両腕は水平に開いて写真(95)・(96)の鳥女神と同じでした。「マグダレニアン期」の文化を持つ部族と「オーリニャック文化」を持つ新人は、この地で早くから融合していました。そうすると、「鳥の神格」を持つ部族が新しく加わったことになります。神像の首が捨てられていた「タルタリア」の後、「鳥の神格」を持つ部族は「Koros-Cris culture」文化圏に進出していた事が解ります。そしてそこから逃れた部族が「Butmir culture」文化圏に住んでいたと考えられます。「タルタリア」の立坑には、「Koros-Cris culture」神像の首と「ズールーの概念」が描かれた「「タルタリアの粘土板」が一緒に捨てられていました。両者の共生はその地で既に始まっていた事が解ります。「Butmir culture」文化圏を再び共生の地に選んだと思われるのです。よって写真(94)神像の首は「Koros-Cris culture」の部族が作ったものだと考えます。テラコッタの粗い地肌も「Koros-Cris culture」の土器や神像と同じです。

こうして、「鳥の神格」を持つ部族に対峙した両者ですがBC4,500年頃、「Starcevo culture」と共に終焉を迎えます。

 

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(98)「Koros-Cris culture」末期の神像

  ARCHAEOLINGUA Mehtelek;Nandor Kalicz

 

それと、今回の考察で分かったことがもう一つあります。サハラ砂漠からの部族は、神像を人間の姿で具象的に、「Cheveron」を刻むこともなく、表現していること。一方、「Starcevo、Koros-Cris、Karanovo culture」の部族は「Cheveron」表象から神像を作り始めているため(参照)造形的になることです。写真(97)「Hamangia culture」の神像は、サハラ砂漠からの部族に「Karanovo culture」の造形性が大きく影響していると考えられます。両者の表現が融合しています。おそらくここでも両者の共生が考えられます。そして、ドナウ川河口に「鳥の神格」を持つ部族が現れ、中央集権的な文化を示し始めた時、「Karanovo culture」の部族は「Hamangia culture」の部族と共に、サハラ砂漠からの文化共同体である「Cucuteni-Trypillan culture(BC5,500~2,750)」の領域に移動したであろうことです。

「Cucuteni-Trypillan culture」初期の後半に「Karanovo culture」の土器技法である白い塗装が現れたことも、このことを証明しています。「Cucuteni-Trypillan culture」初期の土器は、他のサハラ砂漠からの部族と同じ「グレー(黒)」地に線刻したものでした。「Karanovo culture」の「お釈迦様ポーズ」と地中海海洋民の「二枚貝」の表象が、黒海大洪水あと融合して出来た写真(83)の土器片が、「Cucuteni-Trypillan culture」の文化圏で見つかったことも説明されます。

 

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(83)Late Cucuteni culture,w Ukraina ;c 3,800~3,600BC

        The Language of GODDESS

 

もう皆さんはお気づきでしょう。「鳥の神格」を持つ部族とは、コーカサス地方の部族です。(参照1,(参照2)

 *古い記述と矛盾することがある時は、新しい文章を参考にしてください。日々少しづつ解かることがあります。

 

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(95)鳥女神;「Vinca culture」後期

  古ヨーロッパの女神

 

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(96)鳥女神;モルダヴィア

 

https://blog.hatena.ne.jp/blogwakujewelry/goddess-wakujewelry.hatenablog.jp/f:id:blogwakujewelry:20180909163001j:plain

(79)女神ポーズの強制;painted on the wall of Magurata cave (NW.Bulugaria)

          THE LANGUAGE OF THE GODDESS;Marija Gimbutas

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