形而下の文化史

表象文化史・ジュエリー文化史・装飾文化史

 

トピックス(9)「イシュタル」の表象(3-10)

 

 

ロッコユダヤ共同体

「Wedding Contract(結婚契約書)・20世紀初頭」に現れた最後の表象

 

 

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(57)Frisian costume,the 15th century

       Ethnic jewelry; Schiffer

 

これまでモロッコユダヤ共同体・「Wedding Contract(結婚契約書)に表れた表象を見てきました。いよいよ最後に残された表象です。「渦巻」に満たされたΩ型の表象です。これまで見てきたマグダレニアン期やコーカサス地方の部族の表象には馴染みのない形をしています。「渦巻」に満たされていることから、スラブ民族を含む、50,000年前の「オーリニャック時代」に出アフリカをし、アナトリア地方、バルカン半島、東ヨーロッパ、南ロシアに定住した部族の表象であることは確かです。(参照)

 

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 (5)Wedding Contract

jews MOROCCO; MERELL

 

私の知る限りでは、一番古くこの表象がj確認できるのは写真(58)です。

写真(58)の2と3aには、後にスラブ系民族の言語を記述する為に作られた(9世紀中頃)「グラゴル文字」に現れたスラブ系民族の「V」が見られます。もちろん文字が作られたのはかなり後のことですから、写真(58)、写真(59)、(60)に現れているのは「表象」としての「V」だと考えられます。「Cheveron V・平衡」のスラブ系民族による変容です。スラブ系民族の一番大切な概念は「渦巻・生命の誕生」ですから、「渦巻の概念と融合したCheveron V」と考えれば、この表現が理解できます。写真(58)の副葬品にも「雨」や「平衡・X」、「斜線の△・雨の女神」などが見られ、「渦巻の概念と融合した雨による平衡の女神」もしくは「ヴィーナスと融合した雨による平衡の女神」だと考えられます。

 

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(58)墓地の副葬品 BC1,700∼1,300  2.ルーマニア 3a.旧・ユーゴスラヴィア

  THE LANGUAGE OF THE GODDESS;Thames & Hudson

この副葬品が現れたBC1,700~1,300年頃の北西バルカン半島の状況は、前回詳しく書きました。この両方を考えると、写真(58)の副葬品が現れ、そして消えていった背景が見えてきます。

スラブ系部族の「Yamuna culture」は黒海カフカス北方草原でBC3,600~2,200年頃に認められます。中央アジアの遊牧騎馬民族によって、彼らが移動を始めたのがBC2,200年頃だとすれば、ルーマニアからドナウ川に至り、旧ユーゴスラビア一帯に展開した時期は、副葬品が現れるBC1,700年頃になります。写真(59)、(60)・「渦巻の概念と融合したCheveron V」を持った石像が見られる地域と「Yamuna culture」の部族が移動したルートは重なります。

 

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(59)左上から、Ukraine,Bosnia,Bulgaria,Irelandの石像;Old European Culture blogspot

 

そっして、この副葬品が消えたBC1,300年頃とは、アルバニアあたりまで中央アジアの遊牧騎馬民族が姿を現してきた時期に当たります。「Yamuna culture」のスラブ系部族は南下し、コーカサスの部族、「Cernavoda culture」のスラブ系部族、を中心としたドリアン(Dorieus)はBC1,150年頃にバルカン半島北西部から南下し、ペロポネソス半島クレタ島ロードス島、そしてエーゲ海の島々、さらにタッシリ・ナジュールの岩絵などにも現われているので、北アフリカまで至ります。(参照)

 

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(61)Distribution map of haplogroup R1b in the Old World;Eupedia

 

「haplogroup R1b」はは南ロシアで分岐したスラブ系部族に特有のY染色体です。このハプログループがアフリカ・サハラ南に強く存在することも、ドリアン(Dorieus)のサハラへの移動で説明ができます。カメルーンニ北部に至っては、60~90%の男性がスラブ系部族に特有の遺伝子を持っているそうです。(Eupediaによる)

 写真(59)・Irelandの石像にも「渦巻の概念と融合したCheveron V」がきざまれていることから、「Yamuna culture」の部族から逃れ、西に向かった「Cernavoda culture」のスラブ系部族も「渦巻の概念と融合したCheveron V」をもっていたことが分かります。モロッコユダヤ共同体・「Wedding Contract(結婚契約書)に表れた表象は、アイルランド(Ireland)から大西洋岸を、「巨石文化」とともに南下したものと考えられます。

 

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(60)左端はYamuna culture、残る二つはBosniaの石像;Old European Culture blogspot

 

 

 

 

vědě

vedi

知る

/ʋ/

おそらくはラテン文字のVから

В в

 

 

 

 

 

 

 

 

 

dobro

dobro

良い

/d/

ギリシア文字のΔ δ(デルタ)

 

 

 (62)グラゴル文字;Wikipedia

 

グラゴル文字「Ⰴ、Ⰲ」は△(女神)とV(平衡)に由来していることが解ります。

 

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(63)Head ornament from Russia or Hungary; Ethnic jewelry; Schiffer

 

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(64)Crown-shaped headdress from Russia 1917; Ethnic jewelry; Schiffer

 

これら、スラブ系部族のヘッドギアは「Ⰴ・渦巻の概念と融合したCheveron V」を具現化したコスチュームであることが解りました。

 そして、「Ethnic」を「民族的な風俗、風習」といった、偏狭な意味で使っていることに疑問を感じます。民族的と言われているもの、少なくても「雨による平衡の女神」に関する表象は、古代において普遍的で、世界の隅々まで伝播していました。「キリスト教などにより変容した風俗、風習、表象が「Ethnic」の対局にあるとすれば、それはかえって偏狭な風俗、風習、表象を意味します。今使われている「Ethnic」とは、キリスト教などにより変容せずに残っている、古代において普遍的な風俗、風習、表象なのです。

 

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  (4)「ベートーヴェン・フリーズ」(1901~2) グスタフ・クリムトクリムト展図録

       (参照)

 

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「輝く雨の表象」をもつ本からは、「手(雨の表象)」と「渦巻(生命の表象)」が現れている。   (参照)

 

そして、モロッコユダヤ共同体・「Wedding Contract(結婚契約書)に表れた表象を調べた結論として、「共同体」の意味をもう一度考えるべきであることが分かりました。

私たちが「ユダヤ共同体」という言葉から想起するのは,「ユダヤ民族」の「共同体」です。しかし、19世紀初頭の「モロッコユダヤ共同体」や20世紀初めオーストリアフリーメイソン」・「ユダヤ共同体」の概念に「スラブ系部族」などの「オーリニャック時代」(参照)にアフリカを出て、東ヨーロッパ、南ロシア、バルカン半島アナトリア地方に先住した部族の持つ「渦巻=生命の誕生」の概念が共存しています。むしろ、モロッコユダヤ共同体・「Wedding Contract(結婚契約書)やクリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」などを見ると、両社は一体となっています。

古代における「共同体」とは、遺伝子的な部族ではなく、同じ規範を守り、同じ場所に居住する多民族的な集団を考えたほうがよさそうです。特にバルカン半島で起こったBC7,000年頃からの諸文化は、多民族の流入と争い、混血が繰り返されています。現代において、それを民族的国家に分けようとする試みには無理があります。バルカン半島のみならず、世界の人々の遺伝子を詳しく調べたら、純粋な単一民族など存在しないことは明白です。

 「国家」とは同じ場所で、同じ憲法、法律のもとに暮らす集団くらいに考えるほうがいいようです。多文化の共存に寛容でない「共同体」、「国家」は人類の歴史に逆行しているようです。

 古代のバルカン半島(アナトリア地方、コーカサス地方と共に)に集まり、発展して、BC5,000年頃から世界に拡散していった「概念・表象」は、それ以後における文化、文明、宗教の「概念・表象」の源流となっています。

このことをこれから、「形而下」にこだわりながら確認していきたいと考えています。

 

 

 

 

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