形而下の文化史

表象文化史・ジュエリー文化史・装飾文化史

 

トピックス(9)「イシュタル」の表象(3-16)

 

 

イシュタルの手(3)

ミャオ族と「イシュタルの手と舟」(3)・イシュタルの舟から龍舟へ(2)

荒神龍押し、盆綱、盆綱引き

 

死人を冥界に導く「イシュタルの舟」の概念は、黒海大洪水にあと、コーカサスアナトリア地方の黒海沿岸地方に生まれたと考えられます。「(火と)雨による平衡の女神」(参照・ただし、この時点でSheveron・ギザギザ線の解釈に誤りがあります)と「ビーナス(生命の女神)」(参照)の習合した女神は、「水=雨」が黒海大洪水で多くの人を死なせた後、「冥界の女神」にもなります。(参照)

 この後、「イシュタルの舟」の表象は、西方エーゲ海(キュクラデス諸島)の古代遺物・フライパンやスカンジナビア半島の岩絵などに見られます。東方では、ミャオ族の銅鼓船文に刻まれます。

ミャオ族の銅鼓船文からは、「手(雨)」の表象が「龍」に変容するのが見られました。(参照)

そしてその「龍(大蛇)」は、同じ概念で日本にも伝播しています。そのことを見ていきます。

 

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 (30)「盆綱」佐倉市佐倉市ウエブサイト

 

日本では、[龍]は民話、民間信仰、神楽などいろいろな形で伝承されています。イシュタルは多くの神格を持っていたので、その一つの神格が現れれば「雨の女神」、「水の女神」、「火(火災)除けの女神」、「豊穣の女神」、「生命(子宝)の女神」、「平衡(天地の調和したよい状態)の女神」、「冥界の女神」などとなって信仰されています。

その中でコーカサスアナトリア地方では「冥界の女神」が乗り、死者を冥界に案内する「イシュタルの舟」が、「祖霊を現生に迎える龍舟」に変容した例はミャオ族に見られましたが、日本で「祖霊を現生に迎える龍舟」は、さらに「藁の龍」になります。

 

 写真(30)佐倉市の「盆綱」は、東関東や北九州で行われている民間行事です。地域により違いはあるものの、祖霊を迎えるお盆の行事であることは変わりません。「藁龍」は、冥界(墓所)から祖霊を家まで運ぶ役割を担っています。死人を冥界に運ぶ「イシュタルの舟」とは進行方向が反対になっています。このことは「祖霊」と言う概念が生れ、後のボン教や仏教の行事に取り入れられたことを示します。ただ、冥界と現生を結ぶ「イシュタルの舟」の概念は維持され、「盆綱」のルーツが「イシュタルの龍舟」にある事は確かです。

 

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 (29)33年ごとの式年大神楽「龍押し」、広島県東城町川島、昭和27年

  別冊太陽・祭礼、神と人との饗宴

 

また、「藁龍」の存在と、現生での死から冥界と言う方向性を認めるものに「神楽」があります。「別冊太陽」の「祭礼・神と人との饗宴」の中で、山本ひろ子さんが「神楽」の本質に言及しています。

「神楽」の祖型を留める「諏訪神楽」のテーマ「生まれ替わり」は、死者が「浄土」に入り、祖霊の一員として生まれ替わることです。この神楽において、「浄土」の門をくぐることは非常に難しいとされ、経聖(きょうひじり)に「経文」を教わり、「経文の功徳」によってやっと「浄土」に至ります。

この祖型をを引き継いだ、「花祭」(後で言及)の母胎となった「三河大神楽」でも、この構図はそのままに「生まれ替わり」は「浄土入り」になります。

ここで、「神楽」の本義がわかりやすく見られます。

 「三河大神楽」では、「浄土入り」を果たすには「神楽実修の功徳」が必要となっているのです。

 つまり「神楽」は「浄土」に入るために「功徳」を積む神事だったのです。

 

「藁龍」

さらに、山本ひろ子さんの文章によれば、広島県東城町、西条町に伝承されている「比婆荒神大神楽」には「藁龍」が登場します。私の考えでは、この「藁龍」は死者を冥界(浄土)に運ぶものから転じて、「浄土」に入りたい死霊そのものを表しています。

山本ひろ子さんの言葉を借りれば 、「藁龍」は「未浄化の荒ぶる新霊を表しているのです。」。その荒ぶる様は「龍押し」で表現されています。「比婆荒神大神楽」の「浄土」を表す「神殿」に入るには、「鱗削り」で浄化されることが必要です。浄化されて初めて、「神殿入り」を果たし、祖霊に加わることができます。この「比婆荒神大神楽」の構図も、「神楽」の祖型を留める「諏訪神楽」と同じなのです。

 

 

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(30)大河内神楽;「綱入れ」;別冊太陽・祭礼、神と人との饗宴

 

写真(30)大河内神楽はイシュタルの概念が、はっきりした形になっているかぐらです。章を変え、詳しく見ていきたいと思います。

 

 

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