形而下の文化史

表象文化史・ジュエリー文化史・装飾文化史

 

黒海大洪水(3)

 

 

(14)和久ノート

 

黒海大洪水後の農耕牧畜の遺跡、遺物から黒海大洪水以前の状況を推測してみました。重要なのは時間軸です。例えばチーズの伝播を考えると、ポーランド西アジアに大きなタイムラグはありません。よってチーズ加工の西アジア起源は考えられないのです。生乳を静置するだけで、乳化したり、クリームが分離する環境がある場所が乳加工の起源地だと考えるのです。順を追って推論を述べます。情報を得るため色々なレポートを読みました。その中で非常に参考になった、優れた研究レポートを紹介します。

はじめに明記すべきは、黒海大洪水によって失われたコーカサス低地の文化を考慮しなければ、農耕牧畜伝播の時間軸は成り立たなくなることです。

 

 

A) 南コーカサス最古の農村遺跡から採取された家畜ヤギ骨の炭素14年代(参照)

  門脇誠二・大西敬子・西秋良宏

B)西アジア北端の農耕起源をめぐる穀物加工と貯蔵の考古資料の通時的分析(参照)

 研究代表者 門脇誠二

C)コーカサスにおける乳加工体系(参照)

 帯広畜産大学 平田昌弘

 

NATIONAL GEOGRAPHIC誌は、BC5,200の土器からチーズの成分が見つかったことを報じている。Wikipediaではこの器はチーズを漉(す)く土器だと書いている。またBC5,500年頃のチーズを作る道具が見つかっていると書かれています。どうやら黒海大洪水(BC5,600年頃)の直後にポーランドのチーズ作りは始まったようです。そうするとポーランドに逃れたDniester river下流域の部族が伝えたと考えるのが自然です。BC6,000~BC5,600年頃にDniester river下流域でチーズは作られていたはずです。

C)のレポートによると西アジアでもチーズ作りはBC6,000年頃に始まったと書かれています。これではどちらからの伝播も時間的に考えられません。(農耕牧畜はBag=Dniester culture(BC6,300~BC5,000年頃)に伝わっている説が有力です。)

二か所で同時にチーズ作りが始まったと考えるより、この時間軸で両方に伝播できる場所を考えるべきです。それは黒海大洪水で沈んだコーカサス低地です。

更に冒頭で書いたように、C)のレポートによるとコーカサスでは「生乳を静置するだけで酸乳化したり、クリームが分離します。」。酸乳やクリームを攪拌するとバターになり、分離したスキンミルクを加熱・圧縮すればチーズになるそうです。一番シンプルな技法ではないでしょうか。更にヨーロッパ、中央アジア北アジアのチーズ作りはコーカサスの発展形だそうです。

私は自然発生的に始まった「クリーム分離系列群」がコーカサスで始まったと考えています。それから気温条件故に静置だけでは分離しない西アジアや北西イランで、「発酵乳系列群」や「凝固剤使用系列群」が考案され、コーカサスにも広がったと思います。

チーズの伝播を考えても、海に沈んだコーカサス低地を考えなければ、時間軸は成り立ちません。

 

 

 

 

© 2019 JOJI WAKU Blog. All rights reserved.